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「はい/いいえ」、「○/×」、「真/偽」 [自然言語]

ある会社の経理担当と「中小企業の会計に関する指針」の適用に関するチェックリストのことで大喧嘩である。

「営業上の債権のうち破産債権等で1年以内に弁済を受けることができないものがある場合、これを投資その他の資産の部に表示したか。」という確認事項があって、○か×かでチェックを入れなければならない。

その会社には「営業上の債権のうち破産債権等で1年以内に弁済を受けることができないもの」が無かった。
(中略)
だからここは「○」にするのが正しいと私はその会社の経理担当に言った。
http://d.hatena.ne.jp/yaneurao/20090927#p1

自然言語のシンタクスを論理学の意味論を使って(構文要素を対応させて)解釈すると自然言語の話し手が意図し(また聞き手が解釈し)ている意味とずれが生じていることがある(だがそのずれには何らかの法則があるはずだからそれを解明しよう)―というのが言語学的語用論の出発点だ。そういう例はたくさんある。例えば自然言語の "or" や「または」は論理和と解釈される場合と排他的論理和と解釈される場合がある、とか。

上記もそうした例の一つといえる。面白い例なので私も少し考えてみたところ、問題は自然言語(日本語)の「はい/いいえ」が論理学の「真/偽」とは異なっていること、そして「○/×」が状況によっては「はい/いいえ」とほぼ同義なものとして使われていること(だがそう感じない人もいるようであること)にあるのではないかと思った。(ちなみにこのトラブルで誰に非があるかという裁定には興味はない)

例文を少しわかりやすいものに変えたい。あなたは家を出るときに忘れ物をすることが多いので、これを防止するために外出時のチェックシートを作って運用することに決めた、ということにしよう。チェックシートにはチェック欄があり、チェック欄すべてを「レ」で埋めたら玄関を出ることができる。

家を出る前に以下をチェックせよ
・携帯電話を持った ( )
・財布を持った ( )
・雨が降っている場合、傘を持った ( )

携帯を持ち、財布をもち、雨が降っておらず、傘を持っていない場合、すべての空欄に「レ」を付けることに殆どの人は躊躇しないだろう。何しろ全てチェックしないと出かけられないわけだし。携帯を持ち、財布をもち、雨が降っておらず、しかし傘を持っている場合も「レ」をつけるだろう。雨が降っていて傘を持った場合も。しかし雨が降っていて傘を持っていなければ傘を手にするまで「レ」を付けないに違いない。つまり我々はここで「論理学的」に考えている。「雨が降っている場合、傘を持ったか」は「P→Q」の解釈と同じで、「レ」は「真」を意味する。

続けて次の例を考えよう。あなたは家を出るときに忘れ物をすることが多いので、外出時に同居人に確認の質問を毎回してもらうように頼むことにした。あなたは携帯を持っており、財布を持っており、雨は降っておらず、傘を持っていないとしよう。同居人は布団の中から声をかけており、外で雨が降っているかどうか知らない。

同居人「携帯電話は持った?」 あなた「はい」
同居人「財布は持った?」 あなた「はい」
同居人「雨だったら傘は持った?」

多分最後の質問に対する答えは「いや(傘は持っていない)。でも雨はふっていないから」とか、「いや、雨は降っていない(だから傘を持つ必要はない)」になるだろう。おそらく殆どの日本語話者の言語的直観はこの状況で単に「はい」と答えることを自然と感じないはずだ。もし答えるとしたら、それは忙しい朝のやり取りを短く終わらせるために無害な嘘をついてみた(「はいはい」)といったところだろう。

では先のチェックシートが以下のような形をしており、「レ」ではなく「○/×」を記入する運用だった場合はどうか。

・携帯電話を持ったか (○・×)
・財布を持ったか (○・×)
・雨が降っている場合、傘を持ったか(○・×)

雨が降っていなくて傘を持っていないときに「○」を付けることに、さっきより違和感を感じるのではないだろうか。このことは「○/×」が「真/偽」よりは「はい/いいえ」に近いという認識からくるものだと思う(*1)。「持ったか」という疑問文にしたことでその解釈への志向も強まっている。

最後に元の例に戻ろう。この例は自作の忘れ物防止チェックシートとは異なり、他人に対して回答するものである(と思う。たぶん)。この状況は先ほどの同居人の例にさらに近づく。そして「○」により強い違和感を覚えるのがたいていの人の反応だろうと思う。「○/×」でなく「はい/いいえ」で回答する方式だったらさらに違和感は増すのではないだろうか。

以上のまとめ。対話的状況での「はい」は条件節を含む疑問文の後件を肯定する強い傾向がある。次のスケールで左に行くほど成立状況が限定される。

 はい < ○ < レ
 対話 < 非対話

*1 「はい/いいえ」よりも解釈に個人差があるとしたら、「はい/いいえ」は通常の日本語の語彙として自然に習得するのに対して「○/×」はもっと「後天的」に習得しているからかもしれない。


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